虎太郎が好きなんです♡

犬ばか美容師♡

自画自賛ってやつかな?(笑)


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昨日のお散歩中の虎太郎くん♡

毎度、可愛いです♡

 

 

今回のお題は「保護活動」と称した

動物愛護活動のこと。

 

と言うか、よく

「愛護やってます」とか言う人いるけどね

「愛護」=「保護」みたいな。

 

ちょっと変な解釈じゃない?っていつも思う。

 

そもそも動物愛護って言う法律が定められてるのは

動物の為の法律と言うよりは法律って

人のためにあるものだと思います。

 

虐待とかするような人ばかりだと

世の中、犯罪者だらけになっちゃうからね

だから人の優しい弱者を労わる気持ちを

育みましょうと言う為に作られた法律だと思います。

 

また管理と言う部分での法規制においても

基本的な部分は同じことが言えて

適正管理と言う意味において人の責任等、

人の気持ちの育成の部分に通じているかと。

 

ので動物愛護と言うのは

保護したから愛護ではなく

全ての人に対して与えられた事なんですよね。

 

愛護を救済や保護をしている事と

考えている人は、やってる人だけが

自分は愛護に長けていると思っているのか

だから愛護=保護と勘違いしがち。

 

保護や救済をするならば

確実に実行しなきゃならないのは

動物愛護に基づいた「動物福祉」なんです。

 

それをしなければならないのが

保護や救済活動する方々に求められる部分だろうと。

 

 

ここのところ目の当たりにする「保護活動」や

「救済活動」において、とても変なことがある。

 

以前、インターネット上での犬や猫の生態売買は

通販と言う形で可能でしたが

今は生き物だしトラブルが多いことから

売買は買い手と売り手が対面しなければならない

対面売買が義務づけられています。

 

つまり現物を見ずして購入することは出来ません。

 

でも、これが「保護」と言う名目で

譲渡と言う形だと売買ではないので可能なんですよね。

 

見た事も会った事もない犬や猫を

ネット上の情報だけで

「預かります」「里親になります」と名乗り出れば

飛行機等で対面もせずに譲り渡せます。

 

それは「命を売買するのと」「命を助ける」のは

違うと言う理由からなのか、何故か成り立っていますが

 

命を売買しようが無償で譲ろうが

「繋げる」ことは同じで

その先に、その「命」の未来があるわけです。

 

「売買」して迎えいれようとする人間と

「救済」して迎えいれようとする人間とは

犬や猫に対する思い入れが違うとか

そこの思い込みだけじゃないですかね?

 

では「保護」「救済」している人間だと

先に書いたような「動物福祉」に基づいた

管理飼育が出来ていますかね?

 

少なからず生き物を譲る側を

同じ立場で見るとしたら

「その動物が人間との暮らしの中で

幸せに暮らしていくこと」に責任を持たなければならないのは

同じ立場です。

 

繁殖業者が譲り手側と対面なく

電話一本で欲しい人に譲ることも

保健所等から引き出した犬を

電話一本で欲しい人に譲ることも

 

そこに大差はないんですよ。

やってることは同じです。

出処が違うだけじゃん(笑)

 

でも、売買じゃなく救済だと

何故だか絶賛されちゃうってのも

なんと都合のいい話なんだと思います(;^_^A

 

更に保護するなり引き受けた側もそうですね、

ケージにずらーっと入れて並べて

ご飯あげて、排便排尿の片付けして

とりあえず少々運動させての繰り返しの日常は

 

ペットショップや繁殖業者となんら大差はないです。

 

でもかたや売買、かたや保護と言うだけで

何故か評価は天と地の差がある。

 

ペットショップや繁殖業者が

夜間無人になり、その間に何かあっても

わからないわけで問題が起これば

管理責任やらなんやらと、やたら叩かれるのに

保護している側が同じ状況や事態になっても

むしろ労られたり同情されたりしちゃうと言う(笑)

 

へんなの〜。本当にへんなの。

 

何匹保護しようが救おうが

ペットショップや繁殖業者と同じ扱いや

扱う動物に対して同等知識、同等扱いしか出来なければ

ショップも繁殖業者も保護活動してる人も

同じなんですよねぇ。

 

なんでそういうことを

もっと疑問に感じないんだろう。。

 

野犬として生きてきたり

また人間にとって不都合な問題である

攻撃性などがある犬がいたとして、

 

その犬が保健所に収容され

「誰かこの子を助けてください」と

その犬の情報が拡散され

 

遠方から「私が引き取ります」と名乗り出る人が現れて

 

その犬を遠方まで空輸で送り

小荷物のように届けられ

 

慣れない人間と慣れない環境の中で

見知らぬ犬の中で不慣れなケージ暮らし。

 

人間の管理下ではなく「監視下」

「あなたの命は助かったのよ」と言うかもしれないけど

 

この犬のここに至るまでの心情はいかに?

 

更にここからの未来

この犬が慣れることに時間がかかることならば

適正なケアなり、きちんと向き合ってくれるなりしてくれないと

 

毎日は拷問でしょうねぇ。

 

でも人はなんとも残酷な生き物で

自分が「してやった」ことに自画自賛してるから

「私はあなたを救ってあげたのよ♡」

 

 

みんな解釈が勝手よねぇ、ほんと。