虎太郎が好きなんです♡

犬ばか美容師♡

関西のアイゴ崩壊

関西のアイゴ団体が崩壊と言う

衝撃な話を聞いた。

 

動物保護団体の崩壊 〜ネグレクトになった保護団体〜

 

随分前から名前は知っていた団体で

随分前から「大丈夫なのかな」と思う話を

ちょいちょい聞いていた団体でした。

 

団体の名前は伏せてあったけど

「やっぱりあそこか」と言う印象。

 

でも出ていた写真があまりにも

想像以上に痛ましい犬の姿で

その犬の状態を見ても、

決して良い環境じゃなかったのは

誰が見ても一目瞭然じゃないかと。

 

動物保護団体の崩壊 〜ネグレクトになった保護団体〜

 

で、初め見た見出しには

「関西の愛護団体崩壊」と出ていて

事情はわからないけれど

老犬や病気の犬猫の引き取り先を

探していますと言う記事でした。

 

見出しに出ていたように

「崩壊」と言う表現と写真は

しっかりリンクしていると思う。

 

誰が見ても、このゴミ屋敷かのような環境と

ボロボロの犬や死んだ猫を見れば

そう思うのは当然の事。

 

たくさんの支援物資はごみ山になり

お世辞でも片付いているとは言えない

いくつもの写真は不衛生極まりない。

 

ここで適正な治療もされることなく

きちんと世話もされず、

保護された犬猫達が、ずっと暮らしていたのかと想像すれば

誰もが「ひどい」と思うのも当たり前だし

ここを運営していた団体代表が非難されるのも

ごく当たり前の事です。

 

 

でも1日2日経ったら、

この件に対して、おかしな擁護を目にするようになった。

 

「この団体は代表が変わるため現在は後任の人物が管理している」

 「崩壊はしてなく、あくまでも従来どうりの里親募集をしている」

 「現場はレスキューではなく里親募集」

 「助けたい命が沢山あり沢山救ってきたが

人手が足らずこうなった」

 「代表は今まで世話も管理もしっかりしてきた。

救われた命は沢山あった」

 「病気により免疫が低下すれば

皮膚疾患になることもある。

一部の残酷な写真だけを使われ

酷いネグレストだと悪意に満ちた拡散がされている」

 「頑張ってきた代表を攻撃するのは間違い。

代表は最後まで命を救ってきた」

 

などはど。

 

 

頭が痛くなるような、この擁護。

 

擁護って時に、あまりにも強引な

言い分をすると不愉快になるもんなんだと

気付きましたね。

 

しかも擁護コメントを出したのは

保護活動などをされている方々が目に付いた。

 

沢山、保護していれば

こうなっても仕方がない。

一般家庭よりも頭数がいるから

目が届かない場合もある。

この団体は創設から15年間

本当にたくさんの命を救い

地元の愛護センターの収容数も

この団体のおかげで減少していた。

もっとボラがたくさんいたら

こんな事にはならなかった。

これはホーダーでもなければレスキューでもない。

代表が変わっただけなので

現在は後任の方が管理、運営をする。

 

 

なんでしょう?この主張。

たくさん保護して適正な管理ができなければ

それは人間の我欲が引き起こした

アニマルホーダーであり、

人間の我欲が引き起こした

虐待を伴った破綻です。

 

管理ができないならば

なぜ、そんなに保護する必要があったのか。

地元のセンターなどから助けた動物の

15年間もやってきた結末がこれですか。

むしろ15年間やってきて、これですか。

 

犬や猫を救ったならば

何故その子1匹1匹の幸せを

約束してあげなかったんでしょう。

 

数じゃない。数を救ったらなんでもいいの?

どの子も1匹1匹みんな生きてるならば

どの子にも代わりはなく

「保護犬・猫」と言う、ひとくくりの

かたまりじゃないんですけど。

 

代表はちゃんとゴハンをあげてました。

代表はちゃんと散歩してました。

適正な治療もしていました。

でもキャパはオーバーしてました。

 

当たり前のことを

わざわざ「やってました」なんて

主張して言わなきゃならないほど

愛護団体って、それすらも困難な活動なの?

 

(それに、きちんと管理が出来ているなら

キャパオーバーとは言いませんが

でもキャパオーバーは認めると言う

不思議な主張のようなんですけどね)

 

病気になっても楽にしてもらえず

仕方がない、忙しいから、数がいるからと

放置され死んでしまっても

「愛護団体は命を救ってくれたから」

それは、どうしようもないこと?許されること?

 

 

その子は何が好き?

その子は何が苦手?

その子は、どんな癖があるの?

その子は社会性があるの?

その子は、トイレトレーニングできてるの?

その子の持病は?

その子にとって適正な環境は?

その子の行動分析できてます?

人と共生していく上で改善点は?

人と共生していく上で伸ばすポイントは?

それを踏まえて日常おこなってることは?

 

 

答えられます?この環境下で。

 

この環境下で、この管理状態で

これは仕方ないことなどと言うならば

たぶん、仕方ないと言った人は

感覚がおかしいですし

ご自身が同じようなボロボロの犬や猫が

目の前にいても「普通」なんですかね?

 

 

これ、繁殖屋や一般飼い主が

同じ扱いと環境下であったら

相当、叩くんじゃないですか?

 

繁殖屋がキャパオーバーして

適正な管理が出来ずに崩壊した。

一般飼い主が金銭的に緊迫し

でも限界が来て無理だったから放棄した。

 

こういうケースには

死ねばいい!くらいで攻撃するのに

たくさん今まで救ってきたら

1匹の犬さえ何故亡くなったかも

わからないボロボロの状態になっても

「今までやってきた」からって主張は

どこに落としどころがあるのかしら。

 

むしろ、でも1匹の犬さえ

どうなっていたか分からなかった状況では?

 

それを1匹のボロボロの犬だけ

ピックアップされて、あだかも全部そうかのように

拡散されるのは悪意に満ちた行為だとも

主張してる方がいましたけど

1匹の犬さえ、1匹の犬すらですよ。

それは事実でしょう?

 

繁殖屋やペットショップや一般飼い主には

理想の飼育や環境下を要求して

保護活動をしている側はいいんだw

 

そんな擁護を見れば見る程

この写真のボロボロの犬が

余計に哀れになりましたけどね。 

 

私のお友達は

1匹2匹くらいの保護犬を預かり引き受け

毎日の暮らしの中、食事や健康管理をしながら

日常の生活の中でも、1匹1匹の犬を観察し

スキンシップをはかり、

1匹1匹に人と暮らす上で必要なことを

犬自らの意思でできるように教えながら

その子その子に合った家族を探す努力をしています。

 

数は少なくても、少しずつ1匹1匹

その子の未来が幸せな生涯になるように。

同じ志、思いを持つ仲間を少しずつ増やし

1匹また1匹と大事に救出しています。

 

この団体は、そんな事が、出来ていましたか?

これね、犬を飼っていれば誰もがわかること。

大量に管理しようとしたら出来ないことなんですよ。

 

その友人がこう言いました。

 

どの子も代わりはいない。

大事に救出して、どの子も大事に次に繋げること。

 

1匹、1匹、大事に大事に。

助けてあげた命だから。

 

それが自分が関わった命を幸せにすること。

それが自分の関わった命に責任をもつこと。

 

 

ごみ山のようになった支援物資。

開封して管理する人手すらなかった状態。

なにか力になれることはないかと

善意で寄付されたものでしょう。

人様が働いたお金で買ったものでしょう。

 

中身はなんでしたか?

フードですか?毛布ですか?シャンプーですか?

 

それほどの状態にありながらも

「これはボーダーではない」

「これは破綻ではない」

 

他にも、まだまだ類似する活動家はあるでしょう。

ギリギリの保護活動、キャパを超えた保護活動。

盲目になり処分にだけ敏感になり

飼育管理の質は二の次な活動。

 

これが仕方ないなんて思う人は

保護なんてやらないほうがいい。

むしろやめて欲しい。

寝たきりになれば糞尿まみれになる?

バカ言わないで欲しい。

 

これを正当化されたら

それを言ったあなたが同じ事態になっても

あなたが同じ子を目の前にしても

「仕方ない」が通用してしまいそうだから。

 

 

様々な類似する環境下での保護活動、

これから予備軍にらなりそうな

すでにギリギリでやっている保護活動。

 

そうした所の目を覚まさせて

まだ支援する側にも可哀想に盲目にならず

冷静な判断や見極めをするために

 

動物福祉とは何かを考えていくために。

 

この件は行政、警察などにも入ってもらい

施設閉鎖、動物の所有権放棄など、

きちんとしていただきたい。

 

また動物病院が

開設当初から専任でついていたようですが

動物病院と言う医療に関わる方々が

出入りしていながらの、この事態は

大きく問題にするべきだと思います。

 

私はこのブログで固苦しく

うんちく述べていますが

 

経験なんてものは

人それぞれのさじ加減で変わります。

でも経験と言うのは知識の上に成り立っているもの。

無知識なまま感情だけの出発で経験を積んでも

しょせん、その程度です。

 

なぜ、この手の方々は

犬を救うならば犬を学ばないのでしょうか。

ただただ可哀想だけで殺されるとか

殺処分ばかりに敏感になって

生きていればなんとかなるような思考でしょうか。

 

犬を学べば

この状況になることは

ないと思いますよ。

 

生かせ生かせのその先にあったものは

この写真のボロボロの姿で息を引き取った

子に答えがあるのでは?

 

いくら擁護をしようとも

この亡くなった犬の姿は紛れもなく真実ならば

出来ることは何なのか。

考えなければならないことは

何なのか。

 

本気で考えてほしいです。

 

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