虎太郎が好きなんです♡

犬ばか美容師♡

安楽死は必要なのか?

以前、メインブログに書いた内容の一部ですが、

私が考える犬との共生のあり方について

人間がまず頭に入れるべきだろうという部分を

引用を含めて書いてみたいと思います。

 

犬は捕食、危機回避、繁殖の本能が非常に強い動物です。


けれど犬は人間に管理され

人間の社会で共に共生する中で
様々な「欲」をコントロールされて

暮らしています。

 

どんな家庭でも、

どれだけ不自由ない生活でも
この子達の本能や欲は人間が

コントロールしなければ
人間とは共に暮らすことは

不可能なのです。

 

ただ、その欲を

コントロールされていることが
「抑制」になってしまい

犬達のストレスにならないようにすること。

 

これは飼い主が努力しなければならない

最も大事な部分だと思います。

 

それが私の愛犬達との暮らしの
ベース部分になっています。

 

出来る限りの、穏やかな環境。
出来る限りの、ストレスを感じない環境。
出来る限りの、苦痛を与えない環境。

 

これは人間主観であったとしても
出来る限り生体の違う彼ら(犬)を知り
人間の都合にはめ過ぎない事を
模索、模索しながら暮らしています。

 

それも昔からそうだったわけではく
この子達との暮らしの中で
学ばされた事であり、今でもまだ学んでます。

 

知れば知るほど、この子達は奥深く
また知れば知るほど、この子達は可愛い。
そして共に暮らすのは、この上なく楽しい。

 

私は安楽死肯定派です。

実際に病に侵され助かる見込みのない愛犬を

安楽死という形で飼い主の判断で

処置をし看取りしています。


「動物の生命の終わりは

人間が終わらせてはいけない」と

いう人もいますし、

これを実際に保護活動をされている方に

言われたことがありました。

 

その方は安楽死処置には反対で

いかなる場合であっても

最後は動物の与えられた寿命に

従うべきである。

 

だから「動物の生命の終わりは

いかなる場合でも人間が終わらせてはいけない」

という自論を持っていました。

 

私は正直、逆です。

 

「動物の苦痛を取り除いてあげられるのは

人間しかいない」

まずこれが大前提にあります。

 

そのため何がなんでも

いかなる場合であっても

動物が自然死するまで見届けるというのは

時に「拷問」に感じることもあります。

 

例えば病気の犬や猫に対し

食べれなくなり無理やり栄養を入れるとか
何度も小さな体に針を刺すとか
それが生還の道のりならば別ですが
1日1日の延命のために
それをしなきゃならない「苦痛」を思えば

それは、なんのためにするのか。

 

それは、飼い主がしたいから
してるだけなんだろうなと思ったんです。

 

また別のケースでいうならば病気でなくとも

例えば「野犬」または「人間に恐怖感がある犬」等の場合はどうか。

 

人間と暮らすことや同じ空間で過ごすことに

全く安らぎを得られず、

常に人間の行動を見ながら神経を尖らせ

日々を送らなければならないくらい

人間に対して安心感を感じられない犬ならば

上にも書いたように、

少なくても人と暮らす中で様々な欲求を

抑制されているにもかかわらず

それプラスαのストレスを与えているまま

一生を送らせるというのは

その動物にとって如何なものかと思います。

 

このブログは犬についてを

あえて書いていますが

 

何度か書いているfivefreedom「動物福祉」を

本当に考えてみると

 

私は安楽死というものは

必要であると思っています。

 

この話は、また続きを

いずれ書きますね。