虎太郎が好きなんです♡

犬ばか美容師♡

支援物資や寄付金や譲渡金

こんな感じの寄付金についての

記事を見つけました。

 

動物たちを守る支援をしたい。そんなあなたの為の、寄付金の行方が明確で信頼性が高い10の動物保護団体 : カラパイア

↓引用↓

動物を助けたり保護するのは大変お金がかかる。設備を整えたりするのも、組織を運営するのも、そこで働く人々の人件費だってタダじゃない。大変な労力と資金がいるのだ。それはわかっているのだが、人の善意を利用してお金儲けの為に寄付金を募るケースもある。

 

 ✸ ✹ ✺ ✻ ✼ ✽ ✾ ✿ ❀ ❁

 

(๑ŏ _ ŏ๑)↷↷  これは切実な話です。

 

この間あった関西の動物愛護団体崩壊について

私もリンクした東京犬猫日和さんが

記事を更新しましたのでリンクします。

 

(3)動物保護施設で一体何が… 社会問題 /兵庫県

 

この崩壊問題についても

山積みの支援物資に

驚愕した方も多かったのでは?と思います。

 

山積みになりゴミとなった支援物資。

 

支援物資も支援金、寄付金も

すべては「善意」で与えてもらっているもの。

 

活動家の思いに賛同し応援するために

ひとびとが身銭から善意で行うものなんてのは

大の大人ならば分かりきったことです。

 

寄付というものは

要求して当然に受けるものではなく

主たる目的に対して善意で

与えてもらうもの。

 

ゲスなことに

犬や猫と言ったターゲットに対して

人間が「代行」して

その犬や猫を生かすために

「寄付金」やら「支援物資」やら

呼びかけるのが

 

当たり前な風潮になりつつあるのか

もう犬や猫を保護したら寄付金や支援物資は

ワンセットのごとく当たり前に見るようになりました。

 

ただ。なんだかなぁ。

 

個人的に、・・・( ̄  ̄;) うーん・・と

思うものが増えました。

 

あくまでも個人的に・・ですけどね。

どう弁解されても

「なるほど!そういうことなのね!」と

なるような弁解なり解説なりが

今の所まったく得られていないので

ぶっちゃけ未だに・・・( ̄  ̄;) うーん。な、ままですw

 

 

その① 

保護活動をされているという方が

Facebook

「◯◯県での犬のレスキュー依頼が

入りました!資金ギリギリですが

今から向かいます。現場の状況はまだわかりません。

どうぞ、みなさま支援お願いします!」

 

なる内容を見たことがあります。

 

金がないけど、どんな犬のレスキューかも

詳細はわからないけど

レスキューにいくから寄付してくれ。

 

これ、こういうことですよ(笑)

資金も体制もなくても、とりあえず動く。

すで何匹も保護していて、

お金も時間もないけど、でも動く。

 

誰かが、どうにかしてくれるだろうって

ことなんだかなんなんだか。

 

 

その②

「犬を拾いました。

うちで保護して里親を探したいのですが

お金がありません。どうか寄付していただけませんか?」

 

これ意外とあります。

最近では高校生の女の子が

猫を拾ったが飼えないので

愛護団体に託すために、お金が必要なので

そのお金を寄付してくださいってのがありました。

 

で、それを「よろしくお願いします」と

拡散してあげている大人の異様な光景。

 

私は単純に

この「動物を拾った」ことで「寄付金」という

フレーズが高校生の発想から出たことに驚きましたね。

 

叩かれるかもしれないし

すごく薄情なことを言ってしまうかもしれないけど。

自分でどうにかできないならば手を差し伸べるな。

 

私はそのくらい思います。

また、そこを100歩譲ったとしても

その拾ったり保護したりした犬や猫の

里親を探して里親に託す時

譲渡金やかかった医療費を

里親に請求することも

なにを勘違いしてるんだろう。と、

思います。

 

特に指摘したいのは

一個人が拾ったり保護したりした犬や猫に

対してです。ここは本当に「特に」です。

 

本来、一個人が拾ったり保護したならば

その人が飼ってあげればいいんです。

でも、それができないから里親を探すわけです。

 

むしろ一個人が勝手に拾ったり保護しておいて

終生飼育をしてあげられない犬や猫を

他人に託すわけですよ?

 

先々長く飼育してくれる里親さんに

頭を下げて「お願い」する立場なんですよ?

 

それを救ったことで

「自分は良いことをした」と

なにやら「譲る側優位」のような

発想も発言もおおきな間違い。

 

むしろ自分で拾ったり保護したりして

最後まで面倒みてあげられないならば

ちゃんとメディカルチェックしてワクチンして

できれば避妊去勢して、

里親さんに「よろしくお願いします」と

頭を下げて託すべきじゃないのかしらね。

 

ここに、譲渡金とかメディカルチェック代とか

ワクチン代とか里親に請求するとかって

指摘すると、だいたいが

 

「そのくらい払えないような里親は

先々不安だから」とか

ひとの財布事情まで、そんなもので請求して

判断材料にしちゃうという・・w

 

なにさまかしら?(笑)

 

そこに払う金があるならば

これから、その子を飼育するために

使ってもらったほうが良いでしょうに。

 

でも里親さんが「善意」でくれたら

ありがたく受け取ればいいのでは?

 

私は以前、飼い主死亡で

その飼い主の親族の方が遺品と一緒に

飼い犬を引き受けていたけど

その親族の方は犬が苦手とのことで

うちで引き取りした子がいる。

 

もちろん金銭の要求も請求もなく

動いたのは、その犬の所有権だけでした。

 

でも、その親族の方は

しばらくしてから

「犬の病院代につかってほしい」

私にお金を渡してきました。

 

うちでは、その犬の責任を持てなかったから

それを引き受けてくださったので

このくらいのことしかできませんが・・と

封筒に入ったお金をわたされたことがある。

 

予期せぬことだったし

この親族の方は、たんなる亡くなった身内の

遺品に犬がいて、しかも苦手で飼えないという

状況だったにもかかわらず

この好意には逆に、なかなかできることじゃないし

ある意味、なにか考えさせられるものがあった。

 

そのお金は、受け取ることはしなかったけど

私は「ありがたいな」と思った。

 

善意や好意というものは

要求するものでも請求するものでもない。

 

保護団体として

命をつなぐことを目的とした活動ならば

そこに寄付金なり支援物資なりが

あることで成り立つ部分もあるとは思うし

里親に名乗り出る側も、その活動に

賛同して里親になることが友好な関係に

つながると思うので、こうした寄付金なり

支援物資というものが動くのは

あっても良いのかもしれないけれど

 

日本は、まだまだ支援や寄付といった

文化も根付いていないことや

また支援物資や寄付金だけで成り立たせようとすると

当然それば「完全な補償」はないものなので

団体活動をするのであれば

少なくても企業スポンサーのように

定期的な支援を出してくれるところを

つけて活動を遂行していくのが望ましいでしょうね。

 

それ以外に活動団体として

なんだかの利益を出せる事業に取り組むのも

当然、収入ベースとしてはあるべきでしょうし。

 

それプラス、その土台の上にあるのが

善意なり好意なり賛同による支援物資や寄付金かと。

 

ただ、これは組織的に動いている

活動団体にたいしてのベースかなと思うので

 

たんなる一個人や一活動家が

寄付金なり支援物資なり

まして譲渡金だのメディカルチェック代だのと

請求したり要求することには

 

どうも釈然としないのが私の考えです。