虎太郎が好きなんです♡

犬ばか美容師♡

感情の操作

 

もう本当に。

最近、「ある意味」可哀相になる犬猫の話が

やたら目につく。

※ある意味ってのがポイントです。

 

可哀相ってのは捨てられて可哀相とかじゃなく

命拾いした犬とか猫とかのこと。

 

本当に、ますます嫌になるなぁ。

保護活動とかしてる人達の考えと素行。

 

私の知ってる方なんかでも

保護活動してる人はいるし

本当に頑張ってる人もいるので

全否定はしないけど

 

逆に、だからこそなのかもしれないな。

 

 

✤ ✥ ✦ ✧ ✩ ✪ ✫ ✬ ✭

 

繁殖屋から、お金を貰って不要犬を仕入れて

見た目がボロい犬だけネット上にあげて

可哀相な不要犬と題して同情を得る、

 

それでもペットショップで犬を買いますか?

背景にはこんなに可哀相な犬が!

 

と、言いながらも有料仕入れして

募金集めて、さらに譲渡金って

それはボランティアではなく営利じゃないのかな?

むしろペットショップと何が違うの?

 

愛情が違うとか言う人もいるかもしれないけど

人手も足らない状態で管理しきれない頭数を

保管して、夜になれば無人になる保護団体もある。

 

何が違うの?ペットショップと。

 

安くて大量に買える質より量の食事を与え

そんなのも大量に保護してるから

質より量のものしか与えられない状態を作り

日頃からのケアもおざなりになり、

でも病気になれば医療費を寄付してくれと言い出し

ここにもまた「病気で可哀相」の情報を載せる。

 

センターに収容された犬や猫の

処分期日を前面に出して

殺されてしまう、この子達は生きてる、と

命の期限を元手に可哀相な情報を出す。

 

可哀相になった人が

悲観的な感情に流され、引き取りを申し出すれば

センターから引き出して数日内、下手すれば当日に

飛行機などで空輸したり長距離移動させて

会ったこともない人間に犬を渡す。

 

最近またありましたね。

空輸で遠くまで移動させてしまい

里親になった方が飼いきれず

今度は地元のセンターに収容させてしまった件。

 

私、ここのブログにも

同様のトラブルで行き場がなくなった犬について書いています。

 

 

こうした問題を指摘すると

あり得ないことに

 

・批判するより犬を助けるのが優先

(話のすり替えです)

 

・今まで沢山救ってきた

(たまたまの失敗をいちいち言うな?みたいな)

 

・同じことができるのか

(前にも書きましたが常識ある人間なら

手に負えない無謀なことはしません) 

 

・文句があるなら、やってから言え

(現場にいるから冷静さが欠落して

見えていないことは外野からの冷静な意見を

受け入れずして発展、改善するとお思い?

だとしたら社会人としても、かなり欠落してますよ)

 

 

自分のやり方に頑なになって

粛々とやりたいなら

困った時ばかり、なんとかしてと嘆かずに

水面下、ひっそりとやればいいのになぁ。

 

自分のやり方で、自分の手に負える範囲で

他人様に金くれなんて言わないでやってる人

いくらでもいますからね。

 

自分のやってることを

日記的に書いてるだけだと言うならば

ネットなんて誰でも見れるものなんだから

そこに「可哀相」は無くして

救われて良かったね〜happy!だけ

出せばいいんじゃない?

 

寄付や支援が来ても

「いやいや、私が自分のできる範囲で

好きでやってることですから」くらい

言ってお断りしたらどうよ(笑)

 

中にはいますよね、こういう方も。

 

もう最近、本気で悪どいなぁと感じるのは

わざわざ「可哀相」を前面に出す行為。

 

明日、処分ですもそうだし

不要犬もボロボロで可哀相。

ひどいとセンターに収容された犬が

どんな環境にいたかなど知る由もないのに

虐待されていたとか具体的な背景まで

勝手にストーリー作って添付する。

 

可哀相を前面に出す事で

悲観的な感情に支配されると

冷静さを失うんですよ。

 

犬のためにしているつもりでしょうが

人間の感情を操作して冷静さを欠落させているとも言えるんです。

 

人の感情と言うのは立ち止まることも

自分のおかれた環境を冷静に見ることも

失わせるんです。

 

正直、悪質だなとすら思います。

無責任だなと感じます。

 

自ら他人の感情の操作をしていながら

それにつられてなんとかしてくれる人がいたら

ラッキー。

 

でも、一時は悲観的な感情につられた人が

催眠術から目が覚めたかのごとく

後に異論を呈すことになると

これでもかと言うくらい無責任だの

覚悟がないだの愛情が足りないだのと

責めたてる始末。

 

 

ひとつ前のブログに書いたこと

リピしておきます。

 

 

本来、動物愛護というのは

人間社会の中に置かれているもの。

 

だから一般社会に通用しない自論や

屁理屈は、賛同者や共感する人を増やすどころか

常識ある人は「ドン引き」してるか

はたまた「呆れている」と言うことを

頭の片隅に置いたほうがよろしいかと。