虎太郎が好きなんです♡

犬ばか美容師♡

カリスマやプロフェッショナル

 

最近、ネットで検索すると

犬の訓練士、トレーナー

ドックビヘイビアリスト

などなど、結構たくさん出てくる(๑° ꒳ °๑)

 

 

色々と目を通すと

ここにも「誤解」の「危険」が

本当にたくさん潜んでいる気がした。

 

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まず、この手の人をあえてネットで

検索している人の心理と言うのは

大体が、すでに犬を飼っていて

なんだかの人間にとっての不都合な問題を

抱えている場合じゃないかと思う。

 

ネットというのは本当に便利なもので

調べたいものを簡単に調べることができる。

 

でも反面、そこには活字による

解説なり紹介なり情報があって

動画が添えられていたとしても

前後のない、ある一部のポイントや

結果だけを切り取りした動画なわけです。

 

つまり「活字」と切り取りされた「動画」

その2つを見て、読み手側、閲覧側が

どう受け取るかによって解釈が変わります。

 

私は特にトレーニング等の分野においては

この活字の表現の難しさと責任が

かなりあると思っています。

 

何故なら、その活字を読むモニターの向こう。

その情報が欲しくて見ている読み手に対して

「誤解のない解説が必要になる」と思うからです。

 

 

最近やたらカリスマトレーナー

カリスマ訓練士、◯◯のプロフェッショナル

◯◯専門など、この手の言葉を

「自称」でくっつけて宣伝に使ってる方が

かなり目立ちますが、

 

この「カリスマ」やら「プロフェッショナル」

ここに基準も定義もないわけです。

あくまでも閲覧側に対する箔のつくアピールにすぎない

ケースはかなり多いと思うんです。

 

私達の世界にもいますよ「カリスマ美容師」

でも私達の世界の「カリスマ」と呼ばれる人は

自称では通じません。

 

目に見える実績や結果が備わっていて

世の同業者からリスペクトされている人物が

自称ではなく周囲が「カリスマ」と評価しています。

 

反面、犬の世界って、

ごく一般の飼い主が、その評価を判断できる

ものが私達の世界に比べれば薄いように思うんです。

 

定義や基準がないからですかね。

 

それ故に、一般の飼い主に対して

出す情報の中に自称で「カリスマ」とつけると

なにやら、とても、その世界では優れた人物にすら捉えられます。

 

「カリスマ」や「プロフェッショナル」の

活字だけで、です。

 

(そもそもカリスマって

そんな薄っぺらい自称ごときで

言うもんじゃないんですけどね)

 

私は何名の方か、犬のトレーニング

また犬に対する思いや姿勢その考え方に、

とてもリスペクトしている方々がいます。

その方々の発信に毎日うなずき

考えさせられ学ばされ日常に活かしてみたり

ポテンシャルの置き方をおさらいしてみたり。

 

その方々、少なくても自称で自分を

カリスマだのプロフェッショナルだのと

言いません(笑)

それに、ついさっき気付きました(^_^;)

 

正直、自称カリスマ、自称プロフェッショナル

「自称」ほど、なんとも薄っぺらいのだと

まじまじ感じるほどに。

 

 

そこでひとつの危険性を感じました。

 

自称カリスマ、自称プロフェッショナルが

初めに「主従関係」を軸にする事が

犬を扱う上で大事なことだと発信します。

 

そうすると、それを見た人は

ベースに「主従関係」を置き物事を解釈します。

また実践においても「主従関係」ありきになっていく傾向が

あるように思うんです。

 

「主従関係」ありきのものは即効性がありますから

そこで「上手くいった」となると「それが正しい」となります。

 

その考え方が出来上がってしまうと

それは違うんだよ、誤解だよとなっても

自分が実践して結果を出したやり方ですから

今からの否定はしにくくなってしまう、

または、その洗脳された考えを

ひっくり返していくのは時間もかかる。

意固地になると絶対的な真理に支配されて

変えれない人もいるかもしれません。

 

今は愛護や保護の活動の中で

様々な人間にとっての不都合な問題を

抱えている犬も救済していこうと言う動きもある中で

その犬達、また家族となる人間にとって

よりhappyな暮らしが送れるようにしていく為

私は、トレーナー等の存在は不可欠になると思いますし

様々な問題を抱えている犬にとっても

最適かつ正しい教えの元に問題改善を

導いていってほしいと思うんです。

 

問題ありとされる犬達にとって

その犬と人間を繋ぐ存在であるべきなんじゃないかと。

 

問題ありとされる犬を引き受ける人間も

愛情はもちろんですが、それだけではなく

本当にその犬の幸せを考えたら正しい教えと

手引きは必要だと思うんです。

 

 

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つい最近、愛情だけでは問題のある犬を

迎えることは出来ないと言うことを

ブログに書きました。

 

愛情は大前提に必要です。

でも、ただ可哀相とか、ただ生かしたいだけでは

生かされても救われない犬は存在すると思います。

本当の意味で「救う」ためには「幸せ」にしてやらないと。

そして人間も、その犬と過ごす日々が幸福なものでないと。

 

その為に、私は人間にとっての不都合な問題を

解決させるための大事な存在が

トレーナーと呼ばれる方々だと思うのです。 

 

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私達と、この犬達とは種が違います。

当たり前のことだけど

だからこそ人間の主観、史観による

物事の計りでは決めつけられない事は

沢山沢山あります。

 

人間と共生する中で犬は沢山の自由や

本能の抑制をされ暮らします。

そうした環境下の中であっても、

人との共生が楽しく穏やかなものにしてあげられるか。

 

その部分って本当に見失ってはいけないんじゃないかと。

 

強制訓練や主従関係のあり方は

人間の都合にはめ込む事はできたとしても

決して犬が意としてやっていることではなく

そこにもまた抑制が存在してしまうという事。

 

簡素にまとめれば私が主従関係を

否定するのは、この理由が大きいです。

管理はしてあげるべきであっても

支配するものじゃないです。

その為、人間の力を使って行動を抑制したり

コントロールするやり方が嫌いなのです。

犬達は人間社会で生きることで

すでに沢山の抑制があるのですから。

 

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カリスマ

プロフェッショナル

 

そこに本当に犬に対する「思い」があるかどうか。

私達、一般の飼い主が見極めていかなければならないと思います。