虎太郎が好きなんです♡

犬ばか美容師♡

命あるものを質より量で評価する、おかしな人達

 

ひさびさに更新。

これは、おかしな理屈で

保護活動を支持したり賞賛する人が

定量いるよねって言うフレンドさんの言葉に

 

だよね〜

 

と思ったので。

 

 

最近のニュースで

こんなのがありました。

愛護団体の超有名どころの

ピースワンコ さんが

狂犬病予防接種をやりきれず

出来てなかった時期があって

警察が入ったよ的なニュース。

 

狂犬病予防注射に関する現在の対応について | 地域福祉への貢献めざしセラピー犬育成する「Peace Wanko Japan(ピースワンコジャパン)」

 

「殺処分ゼロ」に取り組む広島のNPO、狂犬病の予防注射受けさせず 保護犬急増で管理態勢限界に (1/2ページ) - 産経WEST

 

 

一読。おすすめな記事を見つけました。

PWJ、狂犬病予防法違反疑いで捜査の件 - SMILES@LA

 

 

なんか頭数をたくさん保護してると

 

やろうと思っても、

できる事じゃないとか

頭が下がる思いだとか

たくさんの命を救ってくれてるとか

 

なんか、またお決まりワードみたいな

擁護意見が一定量、やたら見ますけど

 

なんですかね。

 

前記事に書いた虐待訓練士のときにせよ

兵庫の愛護団体崩壊の時も

全く同じ賛同意見や擁護意見みましたけどもw

 

 

まず、この問題も含めて

虐待訓練士のもしかり

兵庫の愛護団体崩壊もしかり

なぜか「数」にこだわるのか

そこを褒める人やたらいるようです。

 

その「数」にこだわってる方々は

今、ご自身で何匹の動物を飼ってるんですかね。

 

私、今、人間慣れしてる10匹の小型犬と

1匹の猫を飼っていますが

お世話して管理してるのは人間2人です。

 

とてもじゃないけど、自分が多頭飼育をしてるので

この、とんでもない数を面倒みてると言う時点で

全く理解できないですけどね。

 

 

もし、擁護したり賛同したりしてる人が

もし我が家以上の頭数を面倒見ていて

かつお世話する人間が我が家より少ないならば

悪いけど、行き届いた管理って、どう言う管理をどんな風にしてるんだろう?とか思うくらいです。

 

うちの人間の人数に対しての飼育頭数は

私自身、正直多いなと感じてます。

甘めにみても限界頭数だと思ってます。

 

なぜ限界頭数と言うかというと

生活のお世話、コミュニケーション、

習性別にグループ分けした適切な散歩

個体別に適した食事管理、

体調管理、病気などのケアもろもろ。

これをきちんと、その子その子1匹ずつの事を

考えた上でやってあげるための頭数として

限界頭数と言っています。

 

ごはん食わせて、うんち拾ってるだけの

生かしておいてるだけの世話じゃないですよ?

 

けど頭数を増して飼えないわけじゃないです。

むしろ1匹ずつにかかる世話や管理の内容を

少しずつ削れば頭数は増やせます。

 

 

わかりやすい例えで書いてみましょうか。

 

私は美容師をしています。

美容室は皆さんご存知のように 

今や高い店もあれば安い店もあります。

 

カット6000円の美容室と

カット1000円の美容室があるとします。

 

カット6000円の店は

来店頂いたお客様に1時間の時間を使って

お客様の話を聞き、丁重に手でシャンプーをし

お客様の骨格や髪質を見ながら

また、お客様とコミュニケーションをとりながら

お客様の為に1時間を有効に使えます。

 

カット1000円の店は10分間に1人のお客様を

終わらせなければ1時間6000円の利益になりません。

だから平均10分以内で仕上げます。

髪をシャンプーする時間なんてありません。

来たままのお客様の髪を霧吹きで濡らして

カットしたら一気に乾かして見栄えがよい程度に

仕上げて終わりです。

シャンプーをして欲しい場合は

手ではなくマシーンが洗ってくれたりします。

 

美容室は消費物なので、

お客様が自分のライフスタイルに合わせて

1000円がいいのか6000円がいいのかを

選ぶことができます。

 

美容室に限らず

産業って安いものは大量に売らなければ

利益にならないなんてのは

普通のひとなら当たり前にわかるでしょう?

 

100円ショップの包丁は安価だけど

売り手側は大量に売らなければならない。

また大量生産するわけだからクオリティは落ちる。

でも包丁職人は一本一本、手間暇かけて作るので

高額で売れるけど大量生産は望んでません。

 

 

全て、数を増やす原理と言うのは

大量になればなるほど

何かが削れるもんなんです。

 

では、こと「命」ある動物、

ここでは犬を指しますが

大量に保護することだって

この理屈がある意味、当てはまるんですよ。

 

つまり1匹1匹にかける管理、世話、コミュニケーション、全てが削れているってことなんです。

 

それでも命が助かることの方が大事と言うならば、もはや、それは人間がそうしたいだけと言う感情論に犬を付き合わせて、犬を苦しめていると言うことにすぎないんですよね。

 

「たくさん保護してくれて

とても真似できることではない」

 

と、賞賛するのであれば

逆に、なぜ真似できないのでしょう?

 

それは自身の経済面の問題ですか?

それとも自身の時間を潰すのが嫌だからですか?

 

やろうと思えばできますよ。

真似できないなんてことはないです。

 

私はやろうとも思わないし

素晴らしいとも思いません。

 

なぜなら理由は上に書いたとうりです。

1匹1匹に代わりはいないです。

自分が巡り合った1匹1匹の子が

人間と共生する上で

人間より遥かに短い寿命である一生を

できるだけ安心して穏やかに健康に暮らして

生涯を終えてほしいと思ってますから

 

人間が増やしたいがために

1匹1匹の暮らしの質を下げて

ごはんだけ食べさせて

散歩も匂い嗅ぎもできないほど

人間の忙しさに連れ回され

あとは決められた場所に置いておくなんてことは

とてもじゃないけど可哀想でできませんけどね。

 

 

命あるもの

質より量ではなく

量より質であることが

愛情であり愛護でしょう。違います?

 

人間の都合のいい解釈で

生き物が産業と同じように

質より量を求められて賛同されたら

本当、とてつもなく残酷なことであることくらい

 

ちょっとは考えてみませんか?